老眼の豆知識
老眼鏡の歴史
老眼鏡はどのようにしてこれまで発展してきたのでしょうか。中世以前の科学技術はヨーロッパよりもアラブの方が進歩していました。光に関する技術もアラブの方が先に開発されていたようです。例えばアルハイサムという人はメガネの原理をヨーロッパに伝えた人として知られています。またこの学者はエジプトで、哲学、数学、物理学、天文学、医学などでも業績を残しています。ヨーロッパではロジャー・ベーコンという人が13世紀頃にレンズの仕組みについて書物を書いていますが、その中で凸レンズを使うと物が大きく見えると書いています。しかし当時はローマ教皇の政治支配が影響してヨーロッパでは科学は異端、もしくは悪魔の技と考えられていたため、実際にメガネや老眼鏡が作られることはありませんでした。
時は移り13世紀末頃になるとルネサンスが始まり、教会による科学への弾圧が弱まり、14世紀初め頃になってイタリアでメガネが作られるようになりました。そして、同じ頃に老眼鏡が使用されていたという記録が残されています。最初は水晶を用いて作られていたようですが、大変高価だったためヴェネチアなどでガラス製のめがねが開発されましたが、最初は粗悪なものが多く禁止令が出たこともあったようです。
15世紀になるとガラスの製造技術が格段に向上し、また書物が大量に作られるようになったこともあって老眼鏡の需要と供給が活発になりました。日本に最初に持ち込まれた老眼鏡もヨーロッパ製のもので、フランシスコ・ザビエルが山口の領主に献上したという記録が残されています。現在日本に残っている一番古い老眼鏡は、徳川家康が使用したものですが、これは鼈甲縁のガラスレンズのもので、東照宮に保管されています。その後、南蛮交易や中国経由で大量のめがねが輸入されるようになり、また江戸時代の初期頃には日本での生産も開始されました。なお、老眼鏡以外のめがねや顕微鏡などが作られるようになったのは明治以降のことです。